問題設定:テクニカル派とファンダメンタルズ派の境界

経済学や近代ファイナンスの文脈では、しばしば「テクニカル派」と「ファンダメンタルズ派」の区別が導入されている。しかし、双方の特徴を観察してみると、両者は相互に対立しながら依存し合っていることがわかる。

ファンダメンタルズ派が本質的な価値よりも割安で放置されている銘柄を発見できるのは、テクニカル派のように、その本質に気付かずにチャートを遡及している分析者が大勢いるためである。仮にこの世の全ての投資家が本質の分析を十分に合理的に実践してしまうと、誰もが本質的な価値に見合う価格で株式を売買してしまう。これでは、本質的な価値に秘して割安な銘柄が得られない。全ての投資家がファンダメンタルズ派になってしまえば、もはや誰も投資することはできなくなる。つまり、効率的市場仮説のパラドックスを招くことになるのだ。

ポートフォリオ最適化問題における「効率的市場仮説」のパラドックス

一方、テクニカル派の投資家が本質的な価値ではなくチャートを分析するのは、そこに他の投資家たちの期待が反映されていると考えるためである。株価の変動を予測するには、その背景にある期待とその期待外れの変異を予測する必要がある。株価の変動に影響を及ぼすのは、無論テクニカル派の投資家による期待だけではない。ファンダメンタルズ派による企業の本質的な価値に対する期待もまた、テクニカル分析の対象となる。

つまりテクニカル派の予測問題が問題設定として成り立つのは、ファンダメンタルズ派を含めた様々な期待の発生源が存在するためである。株価が変動しているという社会的な現実が構成されているからこそ、テクニカル派はその分析を開始することができる。テクニカル派だけでは、テクニカル派の予測問題は成立しないのである。

テクニカル派の投資戦略とアクティブ運用のパラドックス

ファンダメンタルズ派とテクニカル派は、価格の予測の方法としては、機能的に等価である。ジョン・J・マーフィーも述べているように、双方とも価格がどちらの方向に動くのかを決定するための分析であって、同一の問題設定に対する異なる問題解決策であるに過ぎない。その差異を挙げるなら、ファンダメンタルズ派は相場が変動する原因を探求しているのに対して、テクニカル派はその結果を探究しているのである。

その一つの理由は、市場価格が「既知の本質(the known fundamentals)」に先行するためである。市場価格には、「本質の先行指標(a leading indicator of the fundamentals)」としての役割がある。

「既知の本質は既に割り引かれている。そしてそれは、既に『市場の中(in the market)』にある。一方、価格は未知の本質(unknown fundamentals)に対応しているのである。」

Murphy, John J. (1999). Technical analysis of the financial markets: A comprehensive guide to trading methods and applications. Penguin., p6.

したがって、ファンダメンタルズ分析よりもテクニカル分析を重視するアナリストたちも、実際にはファンダメンタルズ分析に依存していることになる。論理的には、テクニカル分析はファンダメンタルズ分析を包含しているのである。

ファンダメンタルズ派とテクニカル派の対立は、実際には株式投資戦略の立案と実行を駆動する形式として機能してきたと考えられる。両者は互いに否定することで、その対立ゆえの矛盾と競合を主題に、投資戦略についての方向付けを明示してきた。そしてこの投資戦略を主題とした投資家たちのコミュニケーションが、企業の本質的な価値を信仰する投資家と群集心理の未来予知を崇拝する投資家に、布教の機会を与えていたのである。

「基本的に証券アナリストは、聖なる霊感(divine inspiration)の恩恵を得ずに、予言者(prophet)にならなければならない。アナリストは、会社の過去の実績、損益計算書、貸借対照表、投資計画を見直し、経営陣を直接訪問し、経営能力を査定するのである。アナリストは、重要な事実とそうではない事実を区別しなければならない。」

Malkiel, B. G. (1996). A Random Walk Down Wallstreet (6. edition). New York., p127.

派生問題:自己成就的予言のパラドックス

しかし天才データアナリストのネイト・シルバーは、この予言の派生問題に着目している。と言うのも、人間が行動を予測する場合、予測という振る舞い自体が対象の行動に影響を与える可能性があるからだ。経済システムでは特に、時にはその予測それ自体が予測の結果を変えてしまう。彼の問題意識は、社会学者ロバート・キング・マートンが導入した「自己成就的な予言(Self-fulfilling prophecy)」と「自己破壊的な予言(self-destroying prophecy)」の区別に準拠している。この区別を導入して観れば、予測すること自体が予測を困難にするというパラドックスが垣間見えてくる。

「自己成就的な予言」という概念が言い表しているのは、成就するとは限らない予言によって触発された行動が、当初の予言を成就させてしまう状況である。典型的な一例として挙げられるのは、「旧ナショナル銀行の取付騒ぎ」である。それは1932年のアメリカで起こった。旧ナショナル銀行は、当初経営上何の問題も抱えていなかった。だがある預金者に「あの銀行は危ない」と言われたことを発端として、徐々に「旧ナショナル銀行は倒産するらしい」という噂が芽生えてしまった。すると預金を引き出す人々がこの銀行に殺到するようになった。こうしてこの銀行は実際に潰れてしまったのである。「旧ナショナル銀行は危ない」という成就するとは限らない予言が、実際に旧ナショナル銀行を倒産させるべく機能していた訳だ。

予言の自己成就が言い表しているのは、ある状況に関する人々の期待が、その状況それ自体の構成部分となっているということである。マートンによれば、これは人間社会特有の現象である。例えば予知夢によって大地震の発生時期が如何に予言されようとも、地震が予言通りに発生するようになる訳ではない。予言の自己成就は、自然現象ではなく、あくまで人為的な現象に適用される。

言い換えれば、予言は人工物である。ただしそれは、必ずしも状況を悪化させる訳ではない。自己成就的な予言を応用することで、逆に好都合な結果を引き起こすことも可能だろう。例えば専門家は一般市民よりも正確な知識や情報を提供するはずだという規範的な期待を強調し続ければ、権威や学歴や資格や免許などのような形式に基づいた専門家主義が伴うことで、その記号を持ち得ない一般市民が提供する知識や情報が相対的に矮小化されることになる。そうなると、専門家が提供する知識や情報が相対的に正確であるかのような錯覚が芽生える。かくして専門家は正確な知識や情報を提供するはずだという予言は成就するのである。

予言の自己成就という問題は、投資や投機においても無関係ではない。自己成就的な予言の影響力に対して懐疑的な眼差しを向けているジョン・J・マーフィーも、テクニカル分析においては重要性が低いと主張しながらも、自己成就的な予言が発生するという問題設定そのものは否定できずにいる。

「たとえ自己成就的な予言が主要な関心となったとしても、恐らくそれは自然と『自己修正(self-correcting)』される。言い換えれば、トレーダーがあるチャートパターンに追従していたとしても、それはあくまでも、一致した行動が市場に影響を与え始めて、市場に歪み(distort)を伴わせるまでである。こうした歪みが生起していることに気付けば、トレーダーはそのチャートを見送るか、トレードの戦術を調整するであろう。例えば、他の投資家たちが動き出す前に行動を試みる場合や、より確証が得られるまで待つ場合もある。だから、たとえ自己成就的な予言が問題(a problem)となったとしても、それはそれ自体として修正されるのである。」

Murphy, John J. (1999). Technical analysis of the financial markets: A comprehensive guide to trading methods and applications. Penguin., p17.

ここで取り上げられている自己修正は、自己成就的な予言が発生するという問題に対する問題解決策として機能している。だがマーフィーはこの問題がいずれ解消される傾向にあることを自明視するあまりに、自己成就的な予言が発生した時点で構成される、その事前と事後の差異には盲目的になっている。問題が発生するということは、戦況が変わるということである。自己成就的な予言が発生することによって、まさにテクニカル派の十八番となる「群集心理」が変異するからこそ、マーフィーが取り上げているトレーダーたちも戦術を調整することになる訳だ。

尤も、あらゆる予言が自己成就的に機能するとは限らない。マートンによれば、逆に自己破壊的に機能する予言もある。予言の自己破壊が言い表しているのは、予言によって触発された行動が、逆にその予言が成就する可能性を低めてしまう状況である。例えば選挙における「負け犬効果(underdog effect)」は、自己破壊的な予言の典型と言えるだろう。負け犬効果とは、マスメディアによって選挙で不利になると報道された政党が、国民の同情や敵対する候補者たちの油断を引き起こすことで、結果的に実際の選挙では有利になってしまう現象を指す。だから、米国の大統領選挙のように、高度に複合的な戦況を構成するゲームは、容易に勝敗を区別できなくなる

米国大統領選挙の「賭けサイト」の予測は如何に失敗してきたのか

こうした場合においても、ある状況に関する人々の期待は、その状況それ自体の構成部分になる。自己破壊的な予言においては、その予言によって触発された行動が、予言によって期待されていた行動と矛盾するのである。だからこの場合の予言は、期待外れに終わる訳だ。

ネイト・シルバーは、主著『シグナルとノイズ(The Signal and the Noise)』において、経済システムにおける「観察者効果(Observer effect)」も取り上げている。何かを測定しようとすると、その測定対象の振る舞いが変異し始める可能性がある。大多数の統計モデルは、独立変数と従属変数、入力と出力があり、それぞれが区別できるという発想に基づいている。だが経済システムにおいては、それが全て一緒くたになることで、収拾の付かない状況になっているのである。

とりわけテクニカル派のアナリストたちは、群集心理を先読みする。だがその予測もまた、群集心理を変異させる可能性がある。その予言が自己成就か自己破壊のいずれかを結実させることによって、群衆を再構成してしまう。

市場が合理的であるというファンダメンタルズ派の想定もまた、自己破壊的な予言として機能している。まさに先述した効率的市場仮説それ自体こそが、不合理な存在として群衆を再構成してしまうのである。

予言者と予言の対象との間に伴う予言のコミュニケーションもまた観察者効果を生み出すのならば、我々の問題設定との関連から重要となるのは、この予言者の<人格>を担うのが「人間」であるとは限らないということである。人工知能の予測モデルもまた、予言者の機能的等価物となり得る。FinTechの領域から生み出された「ロボアドバイザー(robo-advisor)」は、既にインデックス投資をはじめとした資産運用において、金融の専門家たちと機能的に等価な<人格>となっている。無論、アルゴリズムとアーキテクチャを設計できる者にとって、人工知能の活躍の場をインデックス投資に限定する必然性は無い。アナリストの<人格>の機能的等価物となり得る人工知能もまた、設計することが可能であるためだ。今や人工知能は、予言者の身振りを学習することで、群衆を再構成する機会を手にしている。

参考文献

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