問題設定:Librahack事件
2010年にLibrahack氏が巻き込まれた愛知県岡崎市立図書館の公式Webサイトの事件は、WebクローラやWebスクレイピングの開発者が法的な紛争に巻き込まれた有名な事例として知られている。しかしこの事件で問題視されていたソフトウェアの機能は、下手をすれば、API(Application Programming Interface)を介したcURL通信をはじめとするシステム連携の機能として一般化することもできる。
Librahack氏はこのサイトの新着図書一覧ページが使い難かったために、1秒間に1回の間隔で、1日2000回の接続を試みるプログラムを開発した。そしてこのプログラムが稼働していた同時期に、図書館のシステムが度々ダウンするようになった。最終的に、どういう訳かこれが警察沙汰となり、Librahack氏は逮捕された。
だが実際、その後Librahack氏は不起訴となっている。その理由は、Librahack氏に強い意図が証拠上認定できなかったためであった。1秒間に1回で、1日2000回の接続というのは、サーバ負荷でも何でもない。そもそも問題があったのは、図書館のシステムの側の不具合であることも判明している。それを改修したところ、システムはダウンしなくなった。
この事件の罪状は「威力業務妨害罪」であった。これは暴力等を使って他者の業務を妨害した者に課せられる罪だ。過失で妨害してしまった場合には適用されない。故に意図があったか否か、作為か不作為かが論点となる。いわゆる「未必の故意」という法的問題も関係してくる。
最終的に不起訴になったとしても、Librahack氏が法的紛争に巻き込まれたのは事実である。個人であれ企業であれ、こうした紛争と相対すれば、金銭的あるいは時間的コストを支払わざるを得なくなる。場合によっては、手にしたデータも手放さなければならなくなるであろう。
故にWebスクレイピングやWebクローリング、API連携に基づくマッシュアップ的なソフトウェアのアーキテクチャを設計する際には、事前に法的紛争の回避が如何にして可能になるのかについても考えておかなければならない。
問題解決策:著作権法
Googleの検索エンジンを観ればわかるように、Webスクレイピングやクローリングはそれ自体違法として観察されていない。しかし、幾つかの「但し書き」はあるようだ。実際、「送信可能化された情報の送信元識別符号の検索等のための複製等(旧著作権法第47条の6)」と「情報解析のための複製等(旧著作権法第47条の7)」は、WebスクレイピングやWebクローリングの合法性を根拠付けていると考えらえれている。
ただしこれらが違法ではないとされるのは、「送信可能化された情報の収集、整理及び提供」を政令で定める基準に準拠して実施している場合に限られる。ビッグデータ分析を目的としたWebスクレイピングやWebクローリングであっても、文章や画像の場合には法的紛争に巻き込まれるリスクは少ないと言える。しかし、音声や動画の場合は、「海賊版」に注意しなければならない。海賊版を収集してしまう可能性を十分に認知できていた場合には、リスクが伴う。ECサイトなどのような会員登録が伴うWebサイトのデータ収集に本格的に動き出す際にも、注意が必要だ。旧著作権法第47条の6を読むと、次のような記載がある。
「当該著作物に係る自動公衆送信について受信者を識別するための
情報の入力を求めることその他の受信を制限するための手段が講じられている場合にあつては、
当該自動公衆送信の受信について当該手段を講じた者の承諾を得たものに限る」
このため、会員登録してログインすることによって閲覧可能になるWebページについては、そのデータを収集する前にその運営者から許可を貰わなければならない。
更に付け加えておけば、一度データを収集したからといって、安堵に浸ることもできない。旧著作権法施行令第7条の5によれば、アクセス制限などによってデータ収集を阻止する処置が採られた場合には、収集元データの所有者の意向次第で、既に収集済みのデータも含めて削除しなければならなくなるだろう。
「軽微利用」の意味論
尚、2018年に改正された新著作権法では、「軽微利用」に限っては、WebクローリングやWebスクレイピングの自由度が増している。実際、改正著作権法第47条の5の「電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等」では、「当該公衆提供提示著作物のうちその利用に供される部分の占める割合、その利用に供される部分の量、その利用に供される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なもの」に限って、旧著作権法第47条の6で記述されていた「自動公衆送信の送信元を識別するための文字、番号、記号その他の符号」を意味する「送信可能化された情報に係る送信元識別符号」のみならず、「検索情報」や「情報解析」の結果の他、「電子計算機による情報処理により、新たな知見又は情報を創出し、及びその結果を提供する行為であつて、国民生活の利便性の向上に寄与するものとして政令で定めるもの」もまた合法として扱われるようになった。
ただし、「軽微利用」であれば、すなわち適法であるという訳ではない。条文には、「当該公衆提供提示著作物に係る公衆への提供又は提示が著作権を侵害するものであること」を知りながら「軽微利用」している場合は、この限りではないとも記載されている。その「軽微利用」の文脈次第では違法になる場合もある。「軽微利用」と述べた場合の「軽微なもの」の定義もまた、その都度の法的論争の文脈に左右される。単なる一例に過ぎないであろうが、「国外で行われた公衆への提供又は提示にあつては、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものであること」については、特に注意が必要であろう。